お茶の声が聴こえるか

育った街

入る店を間違えた。客と店主がべらべらとおしゃべりをしている。僕は喫茶店でブラックコーヒーと10分少々の読書を嗜みたかっただけなのだ。だからカフェでもなくバーでもパブでもない喫茶店に入るつもりだったのだが、街の角にある小さな門構えに拐かされた。今日の僕はもう疲れちゃって、人きらいだ。

 

入った時点で気がつくべきだったんだ。目につくマイセンやジバンシーの華やかなカップセット、室内に響く軽快なクラシック音楽、それに物々しい様子で部屋の角に佇む電源の抜けた粉砕機…すべてが騒がしい。必然、この店に集まる人間も騒がしいのだ。BGMよりでかい声で喋るに決まっていた。

 

結局、僕は本を閉じてツイッターを開き珈琲にミルクを零したワケだった。黒と白が混ざるのを遠目に眺めながら、これがこいつらが仲直りしたら僕は店を出ようと決めた。けれど、実際はスプーンで攪拌してやらねば綺麗にちっとも混ざりやしない。耐えかね、飲み干し、腹の中で一つにしてやった。さよなら。

 

代償を求めて、街を散策している。最近新たにメロンパン屋さんがオープンしたのは知っていたが、茶けた風貌が気に食わなくて敬遠していた。どうせ店頭に出てくるのは40半ば主婦、趣味はテレホンショッピングで通信簿には率先して手伝ってくれましたと書かれるような委員長タイプだろうと身を構えてしまう‬が、実際に出てきたのは白髪も残りわずか定年間近と見える男性だった。よし、アップルパイを頼む。

 

神妙な顔つきで言う。

 

「今すぐに食べないでください」

どうしてですか?

「焼き立てだからです」

ならばこそ今食べた方がいいのでは?

 

「100%ヤケドします。私の毎日の楽しみはあなた様方が堪え切れずかぶりついて舌の先をヤケドする姿を見ることなのですから」

なるほど。

 

ひとしきり笑った後、すぐに皿へ開けてフォークとナイフで慎重に食べてみた。僕は言いなりになるのはキライなんだ。

 

ぬるい。

ぬるいじゃないかあのタヌキおやじめ。商売上手な彼を心の中で毒づき半分に賞賛しながら、この街の生温くて生臭くて気だるい空気に身を窶して今日も日が暮れていく。もうすぐ、お別れだよ。

 

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