お茶の声が聴こえるか

拝啓、モラトリアムの君へ

まだもう少し子どもだった頃、仕事なんて絶対にしたくないと思ってた。 毎日8時間も働いて、家事もして、そんなことしてたら何もできないままに一年が終わり、一生が終わってしまうような気がしていた。お賃金に関しても、そう。手取りで20万円そこそこのお…

人間は沢山の穴を纏っている

大量にかけられた洋服を、下から覗き込んでみる。同じ数だけの穴がある。いや、四肢と体幹を通す穴で、かかっている洋服の3倍は穴がある。 人間は、沢山の穴を纏って生きている。 その穴は元々からあった穴ではない。人が生きるために生み出された、あるいは…

不倫と青い春

不倫している大人を見ると、不意に電車でイチャつく横顔に高校生を思い浮かべる。 実に嬉しそうで、幸せそうで、鼻の先が伸びた顔。必要以上にタッチが多くて、マスク越しにキスをしていて、視線と視線がまるで愛撫なあの2人。 不倫してる。 見ればわかる。 …

今日が雨でよかった。

とても嫌なことがあった日にくらい、雨が降っていたらいいと思う。ああ、ツいてなかったな、泣きっ面にハチだな、って思えたらいいなと思う。そうでなきゃ、きっと誰のせいにもできないままに涙も流せやしないんだ。 昔から雨が大嫌いだった。 雨の日は勝手…

自家焙煎と加齢

僕は珈琲が大好き 味がソムリエのようによくわかるとか、淹れるのがとっても上手とか、豆の種類に詳しいとか、そういことは特にない。 けど、珈琲豆をミルの高速で回る刃で粉にする、あの何か始まりそうな予感、フィルターの角を折ってから広がるあの一手間…

紙製のトランプがほしい。

紙製のトランプがほしい。 子供の頃、僕は親から与えられた紙製のトランプしか持っていなかった。使い古されたそれはカドの擦り切れ具合で一目見ればダイヤの8だとわかってしまうゲームカードとしては欠陥のあるカード。色も形も忘れてしまった、いかにも古…

人間のスープ

クリスマスにエビのスープを作った。 弱火でクタクタと、ピュアオイルとえびの殻を味噌付きで炒めた。焦げる寸前になったら常備していたアホエンオイルとニンニクのアッシェ、ソフリット、水、魚介出汁を少々と塩胡椒で味を整えた。 エビは不思議。 なんてい…

新年明けられました

あけましておめでとうございます。 風邪をこじらせたり、壊れた心身を慰めたり、頭を打って救急搬送されたり、散々な2019年でしたが本厄だったと後から知って納得。災厄に見舞われて初めて、無事に年を越せたことへの感謝と祝福を覚えますね。 2019年の大晦…

言葉と人格とたまねぎ

扱う言葉と人格とでは、どこまでが一体のものなのだろう。 同じ言葉を使ったところで同じ人物にはなれないし、ところが同じ人物が異なった言葉を使うようになると少し淋しい気持ちになる。なんだか、僕の知っていた彼女とは違うみたいで。 言葉と人格との関…

高円寺

僕はこの高円寺という街に対してとりたてた思い入れはない。ただ人が暮らし、人が訪れ、人の去る他愛のない街だ。 大学生の暮れ、当時の彼女にも振られてどいつもこいつもクソッタレだな!1番のクソッタレは…言うまでもなかったが、そんな折に始めた出会い系…

ジャパンレールウェイ

僕はよく、電車に乗る。 それはもちろん都会暮らしならではの車を持てないだとか、仕事で使うだとか、経済面での理由もあるのだけれど、とはいえ僕は子供の頃から電車が好きだった。まず最初に蒸気機関を好きになった。機関車トーマスとかいう、汽車にデカイ…

変身願望

人は皆、なんらかの変身願望をもって消費を行う。 例えば、洋服を買うこと、化粧をすること、あるいは家を買うこと。 中でも、僕は髪を切ることに重きを置いてきた。美容院に行きさえすれば今までの鬱屈した取り柄のない液体のような自分を切り落として、洗…

愛への誘いを嗅ぎつけて

部屋に花を飾る習慣ができたのは、一人暮らしを始めてからだ。家族と暮らしていた頃は目に入る総雑なガラクタ達と耳に入る他愛のない会話、それから夕食の香りで満たされて花の付け入る隙が1mmもなかった。 花を生けていると、部屋にとある匂いが漂うことと…

冬と猫背

つい、つい猫背になってしまう季節だ。 地面に散りばめられた落ち葉の絨毯と宝石のような銀杏を見つめたりだとか、出会いと別れに肩を落としたりだとか。それから、そう、降りかかる冷気に当てられて、まるで猫のように身を丸めてみたりだとか。 冬の何が最…

綺麗な花には棘がある

そんな慣用句がある。 愛想のない美女を指して使われることの多い言葉だと思う。バラの棘が、彼女を食べてしまわぬやう痛くて鋭いように、厳しくも辛い態度をとるのだとどこかの誰かは言っていた。 ところで、バラの棘が実際に彼女を草食動物から守ってくれ…

かつて芸術は日常だった

秋葉原まで久しぶりにサイクリングしてみた。というのも、あまりの運動不足に身体の線(特にお腹とほっぺた)が歪み始めたからだ。どうして惑星が体積を増すほどに他存在を引き寄せるように、人間も体積を増すほどに他者存在を惹き寄せてはくれないものかと考…

だから今日、僕はゴミになります。

2018年12月も暮れを迎えようとしている。 年の瀬ということもあってか、ゴミを捨てに行くと街中に沢山のそれが溢れている。みんな大掃除をしているのだろう、偉いことだ。その内訳は洋服、食器、家具、家電…多岐にわたり、小さな山脈を形成していた。僕はそ…

物語の種子

「モノ需要よりコト需要」と言われるようになって久しい。 この言葉はモノが売れなくなって存亡の危機に瀕したビジネスマンたちが作った言葉だ。飽食の時代にて僕らはこの世の全てを手に入れた。空腹も、その身を守る衣服も、暖かな住処も、全てが金で買える…

鉱石(あるいは火山)

黒人を見た。 ザラザラとした、光の全てを吸い込みそうな暗い肌、激しくも艶やかに唸る長く伸びた黒髪、それから、決して見透かすことのできない黄色味がかった瞳。 琥珀のような瞳。 まるで鉱石のようだった。 とても美しい彼らを僕は、芸術品か工芸品、そ…

外野の夜明け

喫煙室ではなにやらエモーショナルな話をしている。 「女性はいくつになっても美というものを追究しますよね。もちろん、内から醸し出されるものもあると思います。 どんなにいい服でも、品のない女性が着るとダメなんだよね それが、どう。気品のある婦人が…

欲望の灯

煙草が美味しく感じるようになった。 始めた頃はただ燻臭いだけで何がいいのか分からなかった。ただ煙を身体にためて肺を真っ黒にする自傷的な行為に浸りたいだけだったのかと思う。僕が喫煙を始めたのは5/31、世界禁煙デーだった。遅めの反抗期である。 次…

僕らのいた「こどか」

幼い頃、「こども会館」という施設へよく遊びに行っていた。みんなは「こどか」と呼んでいた。 そこには直径1.4mはありそうな輪っかのおもちゃが置いてあった。僕らは、その穴に入ってゴロゴロと会館内を転がる遊びに明け暮れたものだ。 また、その輪っかを…

オチのないリストランテ

久しぶりにイタリアンにきている。 熟練の手つきで玉ねぎのバラバラ殺人遺体を生産した。よく切れる包丁の刃先で、まるで肩をトントン、と叩くかのように落としていく。このあと彼女らは同様にして骨の一片も残さずミンチにされた牛や豚と混ぜこぜにされて焼…

ドーナッツ

ドーナツがある。 僕はドーナツがだいすき。 特にアンドーナツがすき。 真ん中にその体の半分くらいを占める大きな穴の空いた輪っか。小麦粉と油。 小さい頃、どうしてドーナツに穴が開いているのかよく考えた。輪投げをするためなのか、輪っかを覗いてドー…

そう、僕は女の子になりたかったんだよ。

ワンピースを着たい。 繋ぎ目ひとつない、一枚の布としての服。純粋な布。纏いたい。タイトなワンピースがいい。コクーン型も悪くない。プリーツはない方がいい。フレアワンピースでも、やっぱり縫い目もプリーツもないままで、風に揺れるカーテンのようにド…

破れ鍋に綴じ蓋

昨年末に一目惚れして手に入れた湯町釜の急須、蓋を割ってしまった。 忙しさに翻弄されてテーブルへ置き去りにしたそれを、無造作に忘れ去られたそれを落としてしまった。容易く破れた。 あーあ。 大量生産の、代替品のある、クローンではない僕の急須。 そ…

蛇口をひねる話

ありえない妄想に囚われる時がある。 それは例えば、映画 It であったような蛇口から血が吹き出したり、排水口から髪の毛がワンサカ出てきて引きずりこまれるといった、そんな妄想じみた不安。 洗面台に小さな羽虫が2匹、どこから入ったのか飛んでいた。僕の…

二月の雨と煙草と珈琲と春の青臭さ

朝から糸雨が続く。 LINEの着信は意中からではなく、バイト先の店長から 「売り上げが見込めないので今日はおやすみです。ごめんネ」 なるほど、不意に僕は本日の業務終了を通告された。小田急線快速急行新宿行きに乗ったつもりが長後の辺りで降ろされてしま…

育った街

入る店を間違えた。客と店主がべらべらとおしゃべりをしている。僕は喫茶店でブラックコーヒーと10分少々の読書を嗜みたかっただけなのだ。だからカフェでもなくバーでもパブでもない喫茶店に入るつもりだったのだが、街の角にある小さな門構えに拐かされた…

行きつけの美容院と大人

行きつけの美容院ができた。 少し大人になれた気がした。 髪を切るというのは私にとって一大事である。歯を磨くだとか顔を洗うだとかの様な習慣とは違って、ある種の儀式的な感覚。もちろん、ただ伸び散らかして鬱陶しいから整える場合もあるけれど、多くの…