蛇口をひねる話
ありえない妄想に囚われる時がある。
それは例えば、映画 It であったような蛇口から血が吹き出したり、排水口から髪の毛がワンサカ出てきて引きずりこまれるといった、そんな妄想じみた不安。
洗面台に小さな羽虫が2匹、どこから入ったのか飛んでいた。僕の住む一人暮らしの青い家(青いのは外壁だけだが)はワンルームで、バスルームとトイレは共同になっているのだが故にそれなりの湿度を誇っている。
さて、この2匹の羽虫についてだが洗面台の他に我が家で見たことがない。目にするのはいつだってUBルームだ。こうなってくると、嫌な不安に襲われる。
"もしかして、蛇口をひねったら水の代わりに羽虫が暗い滝のように出てくるのではないか"
ありえないことは分かっている。
しかし、この羽虫はどこからきた?火のないところに煙は立たぬように、入り口がなければ羽虫は入ってこないはずじゃないか。何より、この部屋の外で羽虫を見たことはない。つまり羽虫と我が家をつなぐ羅生門となっているのはこのバスルームなのだ。この事実が、ありえない妄想に幾ばくかのリアリティを与えてしまう。
そんな下らない妄執に脳みそを囚われながら僕は、慣れた手つきで蛇口をひねり水圧で羽虫を排水口へと流すのだった。
多分、いつだってそうなのだと思う。
"この言葉を口にしたら"
大切な人から嫌われるのではないか、勘違いされるのではないか、傷つけたらどうしようか…と不安に襲われるけれど全ては妄想に過ぎなくて、羽虫が蛇口から溢れるくらいリアリティに欠けている。
恐怖を克服するその術が正に"蛇口をひねる"ことであったように、いっそ言ってしまえばいいのだろう。
結果なんて蛇口をひねってみるまで、わからないんだから。
#エッセイ #日記