お茶の声が聴こえるか

紙製のトランプがほしい。

紙製のトランプがほしい。

子供の頃、僕は親から与えられた紙製のトランプしか持っていなかった。使い古されたそれはカドの擦り切れ具合で一目見ればダイヤの8だとわかってしまうゲームカードとしては欠陥のあるカード。色も形も忘れてしまった、いかにも古臭いそのトランプのジョーカーが可愛くなくて、ババくさいなあと思いながら渋々使っていたことだけ覚えている。

それにショットガンシャッフルもできなくて、一人遊びをするにも向いていないおもちゃだった。プラスチックトランプを持ってる友達はいつも沢山の人に囲まれていた。"船長"とか"番長"とか、そういうニュアンスの名をご両親からは与えられた彼は、丸々としていて、豊かな体型で強引さのある性格…確かにガキ大将のような様相をしていた。親孝行ものだなあと思う。何回やっても彼に遊戯王トレーディングカードゲームで勝つことはできなかったっけ。"負けたらカードを奪われる"という原作漫画のルールを適用したギャンブルもあったけれど、僕は何があっても彼とだけはそのルールで対戦しなかった。

 

働き始め、憧れだったプラスチックトランプを手に入れた。別にお金を沢山に得たからじゃない。プラスチックトランプのことをいつまでも引きずっていたワケでもない、ただ100円均一で目に入ってきて、気が大きくなったのだと思う。ああ、これで夢に見たショットガンシャッフルもできるし、ダイヤの8がどこにあるのかもわからない、完璧だと思った。

 

けれど、それは間違いだった。

プラスチックのスベスベとした硬い殻は僕の手も、仲間であるトランプたちをも拒んだ。丁寧に切ったそれらは混ざり合うこともなく、バラバラと手から零れ落ちていった。

ショットガンシャッフルも、やらなかった。もう僕はトランプで1人遊びに耽るほどには元気でもないし、敢えてそれを見て喜ぶような友達もいなかった。むしろトランプは、友達と遊ぶために必要とされた。柔らかくて、適度に滑りにくくて、手の中に収まりのいいザラザラとしたトランプが必要だった。時には角の擦り切れを見て、イカサマをして、どつきあいが起きるような、仲の良いトランプが必要だった。

 

僕は、遂にプラスチックトランプを手に入れることが出来なかったのだ。もう僕にはダイヤの8がどこにあるのかわからない。擦り切れたカードの傷跡は僕らの足跡だった。この手で描いた宝の地図を、僕は捨ててしまった。なんてことだ。後悔しても、遅い。

 

いつまでも変わらないことが素晴らしいだなんて、とんだマヌケだ。そんなのは成長を忘れて蛹のまま化石になったのと同じじゃないか。傷ついても、くたびれても、色褪せても、それが生きているということ。擦り切れて落ちた角を目印にダイヤの8を探した。ぶつかり合って、形が変わって、そうして僕らはそれぞれを自分のものにした。お互いを飼いならした。愛し合うって、そういうことだと思う。

紙製のトランプがほしい。

 

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