お茶の声が聴こえるか

高円寺

僕はこの高円寺という街に対してとりたてた思い入れはない。ただ人が暮らし、人が訪れ、人の去る他愛のない街だ。

 

大学生の暮れ、当時の彼女にも振られてどいつもこいつもクソッタレだな!1番のクソッタレは…言うまでもなかったが、そんな折に始めた出会い系の女と待ち合わせしたのも高円寺のベッカーズ前だった。彼女との連絡は日に一回あるかないかの、スマートフォンの画面を覆い尽くすような長文でのやり取りで、さながら交換日記のような様相を見せていた。感受性を拗らせた我々は好奇心の赴くままに顔合わせをすることになる。

 

びっくりした。

 

びっっくりした。写真と全然ちげーじゃねーか!パネマジってこれのことか!顔の造形は可愛らしい東アジア然とした容姿をしていたが、なんやこの巨体は。どっちが縦でどっちが横なんだ。人間は顔じゃない、日々の暮らし方が全てだ。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!

 

病気でどうしても丸くなってしまう人もいる。体質的にどうしても太りやすい人もいる。わかってる。どうでもいい。僕は面食いだった。

 

太っているというだけで生活習慣を疑ってしまう。4畳半の家の中は雑然とし、ニトリで4000円払って買ったであろう小さなちゃぶ台にカップヌードルと割り箸が立ち尽くして、その横では紫煙が立ち上る…そんな様子を想像した。お風呂場には洗髪剤が散乱し、およそ3年は洗われていないお手洗いを想像した。実際の暮らしはきっと、そんな酷いことはない。IKEAの家具に囲まれて雨の日の昼下がりにはロイヤルミルクを嗜みながら読書をするような生活な人だったに違いない。でも、どうでもいい。

 

初めて水タバコをやったのもこの街だった。その界隈では有名な8グラムというお店でチョコレート味のそれと、ジャスミンの香りがするものを二つ、吸ってみた。店内にはトルコランプや提灯がぶら下がり、暖色の柔らかな光と様々な煙が混じり合った線香のような香り、そしてどこからやってきたのかアイデンティティを拗らせていそうな若者が沢山いた。どいつもこいつも、ダメそうな顔つきをしていた。長く付き合いのある友人とナンパ目的でやってきて7時間ひたすらカタンというボードゲームで潰したこともあるこのお店で、少し仲良くなった女が初心な女の子に浮気・援助交際の手解きをする姿を見た。複数の男がいかにもバンギャっぽい淫らな女を口説いている姿も見た。

 

ガード下では電車の轟音と、焼ける匂い、そして群衆が屯しないよう市によってに設置されたポールをテーブルにして酒を煽る人々を見た。次から次へとやってくるフォーリナーを必死の呼び声で店へ吸い込む呼び子を見た。みんな楽しそうで、ダメそうだった。

 

ダメな日の帰り道、友達と社会見学がてら悪ノリでガールズバーへ初めて足を運んだのも、この街。高円寺。若さと身体の他に売り物のない女がいた。仕事に疲れて愚痴に暮れたい冴えないサラリーマンが入るであろうこの店で、ひたすらにしようもない愚痴を吐き出し続けるアマチュアの女がいた。男が金を吐き出すのは、精液か愚痴と共にであるということ、女にとってしようもない愚痴を吐くことは男にとっての吐精と変わらないであろうことを見た。

 

僕は、ダメそうになるとよくこの街にくる。ダメダメだった日々を慰めるように、ダメでもよかったんだと言い訳するようにこの街へ来る。沢山のダメな人に紛れて、自分のダメさを背景に溶かし込むようこの街へ来る。みんなダメで、みんな良いんだ、多分。そんなダメな場所があるからこそまた明日を頑張れる。

 

ダメで元々人間だ、いい時と悪い時とをしっかり分けて、できるだけいい時間を集めて積み立てられるようにやっていきたい。

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