お茶の声が聴こえるか

腐りかけが美味しい

お風呂へ入る為にパンツを脱ぐタイミング、それを嗅ぐ癖がある。一日中ずっと身につけて蒸れた、獣臭い、それ。

品はないし、おいそれと誰かに話せるようなことでもない。そんなことをしている自分を映す鏡なんて見れば恥ずかしくなるし、イケナイコトをしている気分になる。でもなぜか嗅いでしまうし、見てしまう。そのまぬけた姿を。

 

飲み会へ出かけた。
師走であまりお財布も暖かくないし、1次会でお暇するつもりだったのに2次回、3次回、4次回と気づけば眠ることなく電車が目を覚ます時間まで酒を飲み、地元の駅へと帰ってきていた。

ふと路地裏の側溝に目をやれば、黒い帽子から箒のような色と質感の髪の毛が溢れているアベック。きっと六人くらいの男女が集まり忘年会で呑んだ欲望を吐き出すほど酔いに酔った二人が抜け出してきて、遂に街の片隅でコンクリートと一つになっているのだろう。

 

 

見れば女、履いていない。
パンツを、履いていない。


おまんこをほっぽり出して、どうやら乳繰り合いに耽っている様子だ。頭隠して尻隠さず。何もこの季節に、この時間で、あえて外ですべき行為でもないだろうという気持ちになる。けれど、この時節、タイミング、どこでもないどこかだったからこそできた行為だったのかもしれない。彼らを繋ぐのは、終わりを迎えようとする慌ただしくて追い詰められて自分を失くすようなこの寒さなのだろうか。

 

「バレたら終わるから、これで最後ね」

 

2017年12月29日AM5:55、彼らの秘めゴトはまだ終わりそうもない。

 

 

ちょうど去年の今頃にもここで二人のアベックを見かけた。
いや、今まさにアベックでなくなろうとする男と女を視た。女はアイメイクが崩れて真っ黒な涙をこれでもかというほど垂れ流して、息も吸えず空っぽの肺から絞り出すような声で男に「でも、だって、」と訴えていた。

 

こうして眺めているのも申し訳ないような気分になる。あまりに可哀想な光景だ。彼女の気持ちを思い描くだけでこちらまで涙が出てきそうな、深い悲しみと混乱がヒシヒシと伝わってくる。何も言わず抱きしめて頭を撫で慰めてやりたい。

 

なのに、目を離せない。

 

むしろ、この後どうなるのだろうと気になっている自分がいる。正直に言ってこのイヴェントを楽しんでいる。物語が終わる瞬間を心待ちにしている。女のみっともなくて、下世話で、エゴにまみれた猥雑な姿を覗き見したい欲望が私の中を渦巻いているのがよくわかる。恥ずかしい。

 

 

思うに私は品を捨て、理性を捨て、何もかも鎧を脱ぎ捨てた丸裸で恥ずかしくなった姿を睨めつけるように舐め回すように観察してみたいのだ。綺麗で塗り固められた嘘の、偽物の美ではなくて、何もかも無くした最後に残るキラキラに触れたいのだ。パンドラの箱の最後の希望を手に入れたくて仕方がない。

 

自分を守るために何層も何十層も纏ってきた重たい殻を脱ぎ捨てて、軽やかに踊れるようになるのは、終わろうとする正にその瞬間はじめてのことなのか。

 

 

だから私は、彼女らの叙事を最後までは見ずに立ち去る。終わる瞬間を見たくてたまらなくて、なんども振り返りそうになるけれど私はつま先をじっと見つめて足を前へ前へと突き進めていく。私の視線が気になって彼らが目の前の相手から、自分から逃げ出してしまわないように、きちんと物語をおわらせられるように。彼女が真の美を手に入れるその瞬間のために私は、溢れ出るよだれを飲み込んで快楽の塊を我慢することにしようと思う。

 

 

いつか、私を終える瞬間を見てもらえるだろうか。いつか、私に終わる瞬間を見せてくれる人と出会えるだろうか。

 

#日記 #日誌 #エッセイ